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東京地方裁判所 平成6年(ワ)23687号 判決 1997年11月11日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

中島成

被告

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

小堺堅吾

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇四万九八一四円及びこれに対する平成五年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、六五六万六四六〇円及びこれに対する平成五年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告経営の医院において眼瞼の二重の幅を修整する美容整形手術を受けた原告が、被告に対し、手術の結果が希望どおりにならなかったばかりか眼瞼がめくれて粘膜が見える状態になったのは、被告の説明や術前の診察が不十分であったこと、手術の選択、施術が不適切であったことなどによるとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和四〇年二月一五日生まれの女性である。

被告は、肩書地において、「乙川クリニック」という名称で美容外科、形成外科医院(以下、「被告医院」という。)を開業している。

2  原告は、平成三年にアメリカ合衆国において、両眼瞼を二重にする美容整形手術を受けたが、その結果、特に左眼の二重の幅が広くなりすぎたことからこれを修整するために、平成五年一〇月二三日、被告医院に赴き、同日、被告との間で、原告の両眼瞼を整形する旨の診療契約を締結した。

3  原告は、被告に対し、手術費用等として五三万二四七〇円、感染症検査代金として三万三九九〇円を支払った。

4  原告は、平成五年一〇月二七日、被告医院において「トータル切開法」による手術を受けた(以下、「本件手術」という。)。本件手術は被告が立会い、被告医院の檜垣医師の執刀で行われた。

二  原告の主張

1  本件手術後の経過

本件手術の後六か月を経過してもなお原告の左眼瞼の二重の幅が狭くなることはなく、むしろ、原告の左眼瞼が引っ張られて、その内側の粘膜が常に表に見えてしまう状態になった。

平成六年四月一六日、被告は、原告に対し、左眼瞼の真ん中の部分が元に戻ったと述べ、このような結果になったのは、アメリカ合衆国での先行手術により原告の左眼瞼の脂肪と皮膚とが相当程度欠損しており、また左側上眼瞼内側部が強く瘢痕化していたためである旨告げた。

2  責任原因

被告は、以下のとおり、原告との間の治療契約上の債務の本旨に従った履行をしなかったものであり、同時に、これは被告の過失によるものであるから、被告には債務不履行責任又は不法行為責任がある。

(一) 説明義務違反

(1) 被告は、本件手術を行う前に、本件手術が困難なものであるとか手術の結果、元に戻ってしまう可能性があるなどという説明を全くしなかった。被告は、原告に対し、本件手術の術式の説明のみをして、原告の希望に添う結果を請け合った。そのため、原告は、被告の言を信じて本件手術を受けることにした。

なお、原告は、初診時である平成五年一〇月二三日、被告の診察を受けた後、被告医院のカウンセラーである丙山春子(以下、「丙山」という。)の差し出した書面に署名、指印したことがあるが、これは丙山に指示されるままにその場で行ったもので、原告は、その内容の説明を受けていないばかりか、読んでもおらず、右書面を持ち帰ったこともない。

(2) 本件手術の後、抜糸の際に、原告が、術前の状態に戻ってしまうことを危惧してその旨被告に尋ねたところ、被告は、本件手術が困難なものでないと返答したが、原告が重ねてこの点を確認したのに応じて、初めて、術前の状態に戻る可能性があること、本件手術が困難な手術であることを説明した。

(3) 一般の医療においても、医師は、手術を実施するに当たって、患者に対し、生命にかかわるなどの緊急性がない限り、疾病の現況、今後実施すべき治療方針、手術の必要性、手術の部位及び範囲、予後の見通し、手術に伴う危険の有無等について十分説明し、患者の承諾を得る必要がある。美容整形手術にあっては、そもそもこのような説明と承諾を必要としないような手術を行う緊急性がなく、手術の必要性自体が患者の主観的意図に基づくことが多いのであるから、医師は、手術の難易、成功の可能性、他の部位に及ぼす影響等について十分に説明する必要がある。しかるに、被告は、本件手術の難易度等について全く説明しなかった。

(二) 診察上の誤り

被告は、原告が従前アメリカ合衆国で美容整形手術を受けたことを知っていたのであるから、原告の眼瞼の状態について、術前に視診、触診等を慎重に行い、原告から先行手術の様子や経緯等について十分に問診する必要があった。そうすれば、被告は、原告の左眼瞼の状況が本件手術に適合しないものであることを知り得たにもかかわらず、十分な問診をしなかった。

(三) 本件手術の施術決定の誤り

美容整形手術は、一般の医療における手術とは必要性等において全く異なる。本件手術は極めて困難な手術であるから、これを施術するかどうか慎重に検討すべきであったのに、被告は、これを漫然安易に行った。

(四) 本件手術の術式選択の誤り

原告の左眼瞼の状態においては、本件手術方法を選択すべきではなかった。

また、本件の結果がアメリカ合衆国での先行手術で原告の眼瞼部の脂肪が取られすぎていることに起因するとすれば、被告は、脂肪移植等の処置を検討すべきであったのに、これをしなかった。

(五) 本件手術の施術上の誤り

本件手術の結果、左上眼瞼内側の粘膜がめくれる状態になったのは、施術担当医師の施術上の失敗によるものである。

3  損害

(一) 前記争いのない事実記載のとおり、原告は、被告に対し、本件手術のために合計五六万六四六〇円を支払った。

(二) 本件手術の実施により、原告の顔面には著しい醜状が残り、原告はこれによって精神的苦痛を被った。この原告の精神的苦痛に対する慰謝料の額は九三〇万円が相当である。

原告は、被告に対し、右九三〇万円の内金六〇〇万円の支払を請求する。

三  被告の主張

1  説明義務違反について

(一) 被告は、原告に対し、本件手術前の診察時に、本件手術の長所、短所、合併症、手術の限界について時間をかけて説明した。本件手術は、初めての手術ではなく、一度施術されてなお気に入らなかった眼瞼の二重を修整しようとする手術であること、したがって手術後元に戻る可能性が高くなることについても説明した。原告は、これらの説明を受けて納得して本件手術を受けたものである。被告又は丙山が、原告に対し、本件手術の結果を請け合うとか、確実な手術である旨説明したことはない。

(二) 原告は、被告医院において、手術の限界や危険性について記載された書面に目を通し、丙山から質問がないことの確認を受けた上で、これに署名、指印した。また、被告医院では、手術の危険性を述べた被告執筆の書籍を面接室等に置き、患者の閲覧の用に供していた。

(三) なお、本件手術後、被告は、原告に対し、左上眼瞼部の脂肪と皮膚とが大きく欠損し、また、瘢痕化が強かったため、本件手術が最も難しいもののひとつである旨の説明を付け加えた。

2  診察上の誤りについて

手術前の診察において、原告に、皮膚や脂肪の強い欠損を疑わせる所見は認められなかった。また、被告は、原告に対し、アメリカ合衆国での先行手術について何度も質問したが、原告は、覚えていない旨答えるのみであった。したがって、被告にそれ以上の問診を行う義務はない。

なお、右診察状況から、被告は、切開してから手術中に眼瞼の状況をよく見ることとし、その旨原告に告げた。本件手術中に、原告の左眼瞼部については脂肪と皮膚とが相当欠損しており、瘢痕化も強いことが判明したため、被告は、原告に対し、手術後には左眼瞼部の腫れや内出血が強くなるであろうことを説明した。

3  本件手術の施術決定の誤りについて

美容整形手術が困難な例であっても、医師が患者に対してその難易、治療の限界等を十分に説明した上で患者から施術を依頼された以上、医師はこれを避止すべき義務を負うものではない。

4  本件手術の術式選択の誤りについて

原告の場合、その希望は一度切開を受けた二重瞼の幅を狭くするというものであり、このためには新たに切開する必要があるのだから、術式選択に誤りはない。原告の眼瞼が術前の状態で大きくへこんでいたこともなく、被告は、原告の希望を聞いた上で話し合って術式を選択し、これに沿って施術を行ったものである。

5  本件手術の施術上の誤りについて

本件手術の施術に誤りはなかった。

6  損害について

本件手術の結果、左上眼瞼の睫毛に外反があることについては、原告が術後「スキンリハビリ」というマッサージ等をきちんと行えば時間の経過とともに自然に改善されたはずであるのに、原告はこれを怠り、術後の診療について非協力的であった。

また、原告と被告との間で話し合いがもたれ、平成六年五月五日、原告がマッサージ等を行い、それでも左右の眼瞼の状況に客観的に明らかな差が残った場合には健康保険で再手術を行い、原告の主観的な希望で再手術をする場合には規定料金の割引額で行うことが合意された。

第三  当裁判所の判断

一  争いのない事実に証拠(甲第九号証の一ないし三、第一三号証、乙第一、第六、第一四号証及び証人丙山春子、原被告各本人並びに弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件手術に至る経緯

(一) 原告は、平成三年、アメリカ合衆国において切開法による重瞼術を受けた。しかし、原告は、右手術の結果、両眼の二重の幅が広すぎ、また、特に左眼瞼の二重の幅が右眼と比して広く、左右差ができてしまったと思い、これを直したいと考えていた。

(二) そこで、原告は、在住のアメリカ合衆国から日本に帰国していた平成五年一〇月二三日、被告医院を訪れ、同医院受付において、前記の希望や手術についての予算額、手術日の希望等を概略述べ、その後、「予備カウンセリング室」と呼ばれる机と椅子のある場所に通され、被告の従業員である丙山に対し、従前アメリカ合衆国で皮膚を切開する手術を受けたこと、左眼瞼の二重の幅の方が右と比べて広くなっているので、両眼瞼の手術を受けて左右の二重の幅を揃えたいことなどの希望を述べた。丙山は、原告の右希望等を聴き取ると、「予備カウンセリング用紙」と呼ばれる書面に両眼の絵を描き、原告の希望を要約して記載した。

(三) その後、原告は、診察室に入り、被告の診察を受けた。

診察時、被告は、原告の前記カウンセリング用紙を手許に置いて、原告の両眼の様子を視診して特徴を記録し、原告に対し、眼瞼の二重の構造について紙を折って説明しながら、切開法による重瞼術を受けた眼瞼を再度修整するには、トータル切開法で切開し、新しい二重となるべき線を形成して、右眼の二重の幅を広く、左眼のそれを狭くすることになる旨説明した。

なお、重瞼術には、身体への侵襲の度合いの異なる数種の術式(埋没法、超ミニ切開法、トータル切開法等)があり、初めて重瞼術を受ける場合には、これらの術式からの選択の余地があるが、本件のように切開法による手術の結果を修整するためには、トータル切開法を行うほか途はなかった。しかし、一旦切開法による施術を受けている場合にトータル切開法を施術しても、手術後に元の状態に戻ってしまう可能性が一定程度存在し、一度の手術では希望の状態にできず、数度の手術を要することもある。また、トータル切開法は、もともと困難な術式であるが、特に、先行手術によって眼瞼の皮膚や眼窩脂肪の欠損がある場合にはさらに施術の難度が増す。そのため、このような修整手術を手掛けない美容整形医師もいるが、被告は、これを避けることはせず、高い成功率を挙げていた。

その後、被告は、丙山の描いた絵を参考にしつつ、原告から、二重の仕上がりについての希望をその幅、ライン取り等に分けて詳細に聞き取り、その結果を用紙に記載した。その後、原告の両眼を開閉させながら、二重のデザインを決め、手術に際して必要な手順をひとつずつ確認し、用紙の当該欄に鉛筆でマークするなどして記載し、手術費の見積りを出すため、費用計算用紙に手術費を記載した。

(四) 丙山は、診察室から戻された前記カウンセリング用紙及び費用計算用紙を受け取り、前記カウンセリング室に戻った原告との間で、手術費について話し合い、手術等の費用が合計五三万二四七〇円と決まった。

(五) 丙山は、前記カウンセリング用紙に記載された「術前注意事項細目」と題する部分のうち、被告の書き込みのあるものについて、それぞれ末尾の署名欄に鉛筆で印をつけて原告に示し、当該箇所に署名、押印するよう指示した。原告は、記載をよく読まないまま、指示に従って各欄に署名し、印章を持参していなかったため、拇印を押した。この際、丙山は、原告に対し、被告執筆の美容整形に関する書籍三冊の購入を勧めたが、原告は、これを断り、被告医院を後にした。

(六) 「術前注意事項細目」には、上眼瞼の手術に共通の注意事項、トータル切開法による修整術の注意事項が記載され、それぞれについて、手術を受けても完全に左右対称にはならないこと、修整術の場合には希望どおりになるまで複数回の手術を経なければならないこともあること、その場合の費用負担の取決め、さらに、場合によっては元の二重の線に戻ることもあり、また、従前の手術により皮膚が切除されていたり瘢痕が残っていたりするときは、左右対称の結果を得ることが非常に困難であることなどの手術の限界や起こり得る合併症の危険性についても言及されていたが、丙山は、これらの具体的内容について特に説明することはなかった。

同書面中の説明は、特に原告に対して必要な注意事項の説明のみを摘出して記載したものではなく、説明部分に限ってみても、他の各種術式や蒙古ひだ形成術に関する様々な記載も同時に記載されており、また、全体としては、前記視診の結果やデザイン等の記載も混在していて診療録と渾然一体となっており、書式をみても、字間、行間が狭い中に、微細な文字で、多種、多様な項目にわたる一般的記述が、専門的用語も含めてぎっしりと記載されているものであり、このような書面を特別に読み慣れている者であれば別論、一般には、相当に煩瑣な印象を与える形態となっている。同書面に記載された注意事項は、被告が留学や開業以来の被告医院での経験に基づき、様々な知見をも加えて、検討し、累積してきた内容のものである。

なお、前記書籍にも、重瞼術の修整術について、極めて困難な手術である旨の記載があるが、原告は、これを読むこともしなかった。

(七) 原告が本件手術を受けることを決心した以上の経過の中で、被告又は丙山が原告に対し、本件手術をしても元に戻ることがあり、原告の望む結果が得られない危険性があることについて口頭で説明したことはなかった。原告は、診察の際、被告から、希望に添う二重を形成するためトータル切開法による手術を行えばよいと具体的に説明を受けて安心してしまい、本件手術の前記危険性を認識することなく、本件手術を受けることを決めたものである。

(八) 翌日である平成五年一〇月二四日、原告は、被告医院を再訪し、血液検査を受けた。

(九) 手術日である同月二七日までに、丙山は、「重要事項書類」と題する冊子を原告に渡し、回答事項に記載の上、署名、押印及び割り印をするよう指示し、原告は、これに回答した上で、住所と電話番号を記載し押印欄に拇印を押して割り印をした。しかし、右「重要事項書類」は、自費診療における手術費用の支払方法、クーリングオフ制度、違約金制度、繁忙期の割増制度、医師の選択についての定め等のほか、既往歴及びアレルギー等についての質問事項が記載されているものであり、麻酔の危険性と麻酔前の注意事項の記載はあるものの、本件手術の危険性に関する説明が記載されたものではない。

2  本件手術の実施及びその後の経過

(一) 原告は、平成五年一〇月二七日、被告の診察の後、檜垣医師の執刀で、トータル切開法による本件手術を受けた。

(二) 本件手術後、原告の左眼瞼の二重は、術前に定めたデザインのところに形成される様子がなく、本件手術後半年を経たころ、被告は、原告の左眼瞼の一部分について、術前の二重の状態に戻った旨の診断をし、原告に対し、保険診療によって再手術を実施する提案をしたが、原告の承諾を得られなかった。

(三) 平成八年八月現在の時点において、原告の両眼瞼は、術前と比して二重の幅が狭くなることはなく、また、左眼の上眼瞼の皮膚が上に引っ張られるように睫毛が外反し、右眼と異なって、正面を向いても、眼球に接する粘膜と睫毛との間の皮膚が外部から見えている状態になった。

以上の事実が認められ、本件手術の危険性について口頭でも説明したとする乙第六号証の記載部分、証人丙山春子の証言、被告本人の供述の各一部は、いずれも採用することができない。

二  被告の責任原因について検討する。

1  原告は、被告に説明義務違反が存すると主張するので、まず、この点について判断する。

生命、健康の保持等を目的とするのでなく、単に、より美しくなりたいという施術依頼者の願望に基づいて実施される美容整形手術においては、身体に対する侵襲を伴う施術を実施し得る根拠は、専ら施術依頼者の意思にあり、したがって、当該施術を行うかどうかの決定は、ひとえに依頼者自身の判断に委ねられるべきものである。したがって、美容整形手術の依頼者に対し、医師は、医学的に判断した当人の現在の状態、手術の難易度、その成功の可能性、手術の結果の客観的見通し、あり得べき合併症や後遺症等について十分な説明をした上で、その承諾を得る義務があるといわなければならない。もとより、右説明は、必ず口頭でされなければならないものではなく、必要な説明が記載された書面を依頼者に閲読させることによっても不可能ではないが、専門的知識を有しない通常の施術依頼者に対しては、説明を要する事項について十分な理解が得られるように、率直、かつ分かり易い説明を工夫すべきものであり、単に注意事項を列挙した書面を交付するだけで事足れりとすることはできない。

前記認定のとおり、被告は、原告に本件手術の説明をするに際し、それが極めて困難な手術であって、手術の結果も術前の状態に戻ってしまう可能性があるとか、原告の希望に添うためには数度の施術を必要とする場合もあるとか、さらには、本件のような結果を生ずることもあるとかといった本件手術の危険性に関して、口頭で具体的に平易に説明することをしなかった。

被告側が原告に対して見せた書面のうち、「術前注意事項細目」には、なるほど、本件手術の危険性を指摘しているとみることのできる部分があるが、前記認定のとおり、当該部分は、医師に必要なカルテとしての記載や原告が受けた本件術式とは異なる他の各種術式等に関する記載等の間に混在しており、書式の点でも、字間、行間が狭い中に、微細な文字で、多種、多様な項目にわたる一般的記述が、専門的用語も含めてぎっしりと記載され、一般には、煩瑣な記載の羅列といった印象を与える形態となっているのであり、丙山も、単に、これを原告に渡して署名、押印を求めたにとどまり、他にも、原告に対する口頭での補足説明や注意喚起が特になされた形跡はない。これを受領した原告は、同書面をよく読みもしないで、丙山の指示した箇所に署名、指印をしたものであって、結局、原告は、本件手術の前記危険性について十分な説明を受けないまま、診察時の被告の術式等の説明振り等から安心してしまい、本件手術の危険性に思い至ることなく、本件手術を依頼したものと認められる。

2 したがって、本件においては、原告に対し、本件手術の危険性に関する説明を尽くさなかった違法があるというべきであり、原告本人の供述によれば、原告は、右危険性の説明を受けたならば、本件手術を依頼しなかったことが認められるから、その余の点について判断するまでもなく、被告には、本件診療契約上の債務不履行があり、本件手術の実施によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  そこで、原告の損害について検討する。

1  原告が被告に対し、本件手術の費用等として五三万二四七〇円、感染症検査代金として三万三九九〇円を支払ったことは、前記争いのない事実のとおりである。

2  現在、原告の両眼瞼の状態に左右差が残っていること、左眼の上眼瞼の皮膚が上に引っ張られるように睫毛が外反し、右眼と異なって、正面を向いても、眼球に接する粘膜と睫毛との間の皮膚が外部から見えている状態になっていることは前記認定のとおりであり、その意味で、本件手術の結果が原告の希望に添わないものであったということができる。しかしながら、右事実にもかかわらず、本件訴訟において原告本人尋問を行った当時の原告の容貌には、社会通念上醜状があるということはできず、これを前提にして原告に生じた精神的損害を判断すれば、これに対する慰謝料の額は六〇万円をもって相当とする。

3  右のとおり、原告に生じた損害は合計一一六万六四六〇円となるが、前記認定のとおり、原告は、被告側から、本件手術が非常に困難な手術であり、施術の結果元に戻ってしまう危険性のあること、一度の手術のみでは希望どおりにならない可能性のあること等の本件手術の限界が記載された書面を見せられたにもかかわらず、これを読まずに本件手術を受けたものである。右の点は、損害額の算定に当たり原告の過失として斟酌するのが公平に適するというべきであり、その割合は、全損害の一割とするのが相当である。

4  なお、被告は、原告が術後スキンリハビリ等をきちんと行えば状態が改善されたはずであったとか、再手術に関する合意があったと主張するが、これらの事実を認めるに足りる証拠はない。

四  よって、原告の請求は、右損害合計額からその一割を減じた一〇四万九八一四円及びこれに対する本件手術の日である平成五年一〇月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本光一郎 裁判官坂本宗一 裁判官山口倫代)

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